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トップ特集・オリジナルコンテンツレーベル名鑑Channel One
レーベル特集
Channel One(チャンネル・ワン)Text by Harry Hawks
「1975年から1976年にかけて同等のインパクトを与えた、もしくは音楽の方向性にあれだけの影響力を及ぼしたのジャマイカのスタジオは他にはない」スティーヴ・バロウ&ピーター・ダルトン
Channel One
Channel One
設立 1972年
設立地 ジャマイカ キングストン マックスフィールド・アヴェニュー
主要スタジオ
Channel One
設立者
Joseph Hookim
Ernest Hookim
Kenneth Hookim
Paulie Hookim
プロデューサー
エンジニア
Sid Backnor
Ernest Hookim
関連アーティスト
関連レーベル
中国系ジャマイカ人のフーキム(Hookim)4兄弟はキングストンのセント・アンドリューで生まれた。ジョー・ジョー(Jo Jo)として知られるジョセフ(Joseph)が長男、自転車の整備士だったポーリー(Paulie)が次男、技術家だったアーネスト(Ernest)が三男、ケネス(Kenneth)が末っ子という具合だった。ジョー・ジョーとアーネストは終生の音楽愛好家で、音楽がどう作られ、どうレコーディングされるかということに魅了され、ポーリーは"ウェル・チャージ(Well Charge)"というサウンドシステムを所有していた。この兄弟たちがエンターテイメント・ビジネスに参入したのはジュークボックスとスロット・マシーンを管理していた60年代だったが、1970年にゲーム機はジャマイカ政府の法律によって禁じられてしまった。ジュークボックスはフーキム兄弟にとって金になる仕事だったが、その収入だけでは不十分で、以前作ったコネを使いレコーディング・ビジネスに乗り出した。フーキム兄弟は1972年にキングストン13のゲットーの奥深く、29マックスフィールド・アヴェニューにチャンネル・ワン・レコーディング・スタジオ(Channel One Recording Studio)をオープンさせ、2000枚というかなりの枚数を売り上げたストレンジャー・コール(Stranger Cole)とグラッドストーン'グラディ'アンダーソン(Gladstone Anderson)の'Don't Give Up The Fight'がチャンネル・ワンにとって初めてのリリースだったとジョー・ジョーは思い起こす...彼らにとってジュークボックス・ビジネスで培ったコネを使えばこの枚数をさばくのは容易なことだった。この兄弟は当初、スタジオを他のプロデューサーたちに貸す気は無かったのだが、実のところ、顔の広いバニー'ストライカー'リー(Bunny Striker Lee)が彼らの施設を最初に利用した人物だった。

「チャンネル・ワンで初めて録音したのはデルロイ・ウィルソン(Delroy Wilson)の'Can I Change My Mind'だったな...同じ日にデニス・アルカポーン(Dennis Alcapone)の'Cassius Clay'もやったんだ。デニスはその時のことを教えてくれるだろうよ。この2人は同じ日にヴォイシングをしたんだ。リズムはハリーJ(Harry J)のところで完成させたが、ヴォイシングを行ったのはチャンネル・ワンだったよ」バニー'ストライカー'リー

フーキム兄弟にとってサウンドの質は非常に重要で、スタジオには最高級の機材が設けられ、チャンネル・ワンで初めての雇われエンジニアとなった経験豊富なヴェテラン、シド・バックナー(Sid Bucknor)が起用された。しかしすぐさまアーネストがミキシング・ボードに座り、修理を行うためにボード・メーカーから支給された説明書を読み込み、必要とされる技術を習得した。

フーキム兄弟は彼らのハウス・バンド、レヴォリューショナリーズ(Revolutionaries)によって生み出されるオリジナルのサウンドを磨いた。そしてこのバンドはその名の通り革命を起こした。ベースにバートラム'ランチー'マクリーン(Bertram 'Ranchie' McLean)を起用し、ローウェル'スライ'ダンバー(Lowell 'Sly' Dunbar)の"ミリタント"ビートが原動力となったチャンネル・ワンでのレヴォリューショナリーズのサウンドは最も影響力があり、最も手本とされるジャマイカの音楽スタイルの1つになった。アーネストはスライをドラムに座らせレコーディング・ドラムの芸術性を完成させるための勉強に1日中取り組んでいたこともよくあったという。

「アーネスト・フーキムは1度もまともな評価を受けたことがない。彼がチャンネル・ワンをコントロールし始めたとき、彼はレゲエのサウンド全体に革命を起こし、20年も先を行っていたのに!アーネストは完璧主義者で、ジョー・ジョーはいつも進んでビジネスをし、今何が起こっているかを把握していた」ロイ・カズンズ(Roy Cousins)

彼らの全ての苦労は遂に、フーキム兄弟の下でソウル調の'Hey Girl'と'Country Living'で並みのヒットを経験したことのあるヴォーカル・トリオ、マイティ・ダイアモンズ(Mighty Diamonds)による1975年の'Right Time'のリリースで報われた。ウェル・チャージからリリースされた預言的な'Right Time'は"ロッカーズ"という時代を作り出した。どういうわけかリラックスしていると同時に差し迫っているこの楽曲は、70年代の残りをレゲエ・ビジネスがこぞって模倣した基本を作り出した。

スライはスキン・フレッシュ&ボーンズ(Skin Fresh & Bones)で演奏し、このバンドがTit For Tat Clubで仕事をしている時、ロビー・シェイクスピア(Robbie Shakespeare)はしばしばヒッピー・ボーイズ(Hippy Boys)と共に、向かいのEvil People Clubで演奏しているのが見受けられた。休憩中はお互いの演奏を聴き、1974年、彼らはチャンネル・ワンで、またも登場したストライカーのためのセッションで初めて演奏を共にした。このペアはフーキム兄弟のためにマックスフィールド・アヴェニューのスタジオで定期的に演奏するようになり、スライ&ロビーとフーキム兄弟のパートナー関係は世界レベルの一流のリズム・セクションとして"Drumbar & Basspeare"という評判を確立し、彼らは確立したスターとしてとっくに出世いたはずのジャマイカ人ミュージシャンたちの育成にも一役買った。

スライの"ミリタント"ダブル・ドラム・サウンドはジャマイカのレコーディング・シーン全体に影響を与え、スタジオ・ワン(Studio One)というスタジオを所有していた'コクソン'ドッド(CS Dodd)らを含む、どのプロデューサーも自分たちのヴァリエーションを編み出し、フーキム兄弟が彼から拝借し手を加えた多くのリズムは、多重録音され、チャンネル・ワンのダブル・ドラム・サウンドと共に彼の広大なバック・カタログから再度リリースされ始めた。チャンネル・ワンが生んだ全ての重要なサウンドはキングストンの同業者たちの共感を獲得し、ヒットを求めるどのプロデューサーたちにとってマックスフィールド・アヴェニューに足を運ぶことが必要だということがすぐに明白になった。

「音楽ビジネスに係わるなら、チャンネル・ワンで何が起こっているのかをチェックする必要がある」デイヴ・ヘンドリー(Dave Hendley)

このスタジオは月曜日から土曜日まで、外部のセッションで予定がコンスタントに埋まっていたが、日曜日はいつもフーキム兄弟が自分たちの制作用に貸しきっていた。マイティ・ダイアモンズのデビュー・アルバム「Right Time」または「I Need A Roof」はロンドンのヴァージン・レコーズ(Virgin Records)と契約し、ディージェイのデリンジャー(Dillinger)、トリニティ(Trinity)、ランキン・トレヴァー(Ranking Trevor)はレーベルのウェル・チャージとディスコ・ミックス(Disco Mix)からのリリースを通してジャマイカ国内で大スターになった。自分自身の典型的な短所を自覚していることをよそにジョー・ジョーはJBCチャート・トップ10の10曲中、9曲がウェル・チャージだったことの困惑さを振り返った。

「俺は第1位を取るよりも、トップ10に入るヒット曲が欲しいね」ジョー・ジョー・フーキム

ファウンデーション・ディージェイのロイ'Iロイ'リード(Roy 'I Roy Reid)はこの兄弟たちのためにヒット曲をレコーディングしただけでなく、セッションのアレンジもこなし、キーボード・プレイヤーでありプロデューサーだったオジー・ヒバート(Ossie Hibbert)はこの時期のチャンネル・ワンのセッションのアレンジとエンジニアリングという重要な役を担った。

「正式には私とスライが楽曲を作っていたのだが、ジョー・ジョーがいつもプロデューサーとしてクレジットされていた...しばらくしてからアーネストが"手を貸して欲しいんだ...ボードの使い方を教えるから"と私に言ってきた。そしてアーネストは私に使い方を教えた...結局私は全てを教えられた!」オジー・ヒバート

多数のカテゴリーがある中でフーキム兄弟が業界"初"となったのは、マーシャ・グリフィス(Marcia Griffiths)のスタジオ・ワンの名曲をアップデートしたジェイズ(Jayes)の'Truly'をジャマイカ初の45回転12インチとしてリリースしたことだった。33回転のアルバムの長さに45回転のシングルを載せるこの新しいフォーマットは長さ、清澄さ、サウンドの深みを加え、ヴォーカルが終わった直後から切れ目無しでランキン・トレヴァーのディージェイ・パートに直結した。この兄弟たちは7インチ・シングルの一連を33回転にするという、上記と似たようなエフェクトを再現したが、この"チャンネル・ワン・エコノミック・パッケージ(Channel One Economic Package)"レコードはサウンドの質の問題が原因で2枚リリースされた後打ち切られてしまった。

1977年のポーリーの死後、ジョー・ジョーはニューヨークに移り住んだが、チャンネル・ワンのレコーディング・セッションを監督するために月に1度キングストンに帰ってきていた。2年後、このスタジオは16トラックの施設へとアップグレードし、新しいレーベル、ヒット・バウンド(Hit Bound)が世に送り出された。ウィンストン'ナイニー・ジ・オブザーヴァー'ホルネス(Winston ‘Niney’ Holness)はこの時期にフーキム兄弟と近い存在であり、大成功を収めた早期のイエローマン(Yellowman)のレコーディングを共に携わった。ルーツ・ラディックス(Roots Radics)の音楽攻撃がレヴォリューショナリーズに取って代わり、キング・タビー(King Tubby)のスタジオを卒業したサイエンティスト(Scientist)の希薄なミキシング・テクニックが注目を浴びたのは1982年のことだった。エンジニアリングのマエストロ、バーナバス(Barnabas)とソルジー(Soldjie)と共に、これらの人物たちはキングストンのダンス・ホールにルーツを回帰した真新しい音楽を作り上げ、ダンスホール・スタイルは爆発したのだった。

しかし、80年代も終わりを迎えるとフーキム兄弟は徐々に音楽制作から遠のいていったが、ニューヨークのヒット・バウンド・マニュファクチャリング・インク(Hit Bound Manufacturing Inc.)を通し、彼らの膨大なバック・カタログの中のアルバムをプレスし続け、マックスフィールド・アヴェニューの施設は閉鎖されてしまった。

チャンネル・ワンの革命的なサウンドは70年代後期のレゲエ・ミュージックのクロスオーヴァーな成功に不可欠だった...そしてジョー・ジョー・フーキムはその成功をアップタウンのウェスト・キングス・ハウス・ロードに位置する自身の最新式チャンネル・ワン・レコーディング・スタジオで再現しようと望んでいる。しかしそれはまた別な話しだが...

参考文献:
Noel Hawks: Interviews with Roy Cousins London/Liverpool UK 6th & 13th July 2004
Noel Hawks: Interview with Sly Dunbar London UK 12th March 2004
Noel Hawks: Interview with Jo Jo Hookim London UK /New York USA 31st August 1998
Noel Hawks: Interview with Bunny 'Striker' Lee London UK 23rd October 2007

Steve Barrow & Peter Dalton: Reggae The Rough Guide Rough Guides Ltd. 1997
2014/09/24 掲載 (2014/09/25 更新)
Copyright (C) 2018 Dub Store Sound Inc.
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