Mighty Diamonds(マイティ・ダイアモンズ)Text by Jeremy Collingwood
一流クラスのボーカル・ハーモニーを届け、1970年代中期の厳しいルーツ・レゲエに真の水準をもたらしたのがマイティ・ダイアモンズ。輝かしいチャンネル・ワン、そしてミュージック・ワークスでのシングル一連を通してサウンドシステムのシーンでも人気を博した。また、ガッシー・クラークが制作した'Pass the Duchie'はUKチャート入りを果たしクロスオーバーでの成功を収めた。現在、彼らはこれら賞賛に値する作品の数々を見渡す立場にある。
Mighty Diamonds
メンバー |
Donald 'Tabby' Shaw Lloyd 'Judge' Ferguson Fitzroy 'Bunny' Simpson |
活動期間 |
1969年 ~ |
結成地 |
ジャマイカ キングストン トレンチタウン |
関連アーティスト |
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マイティ・ダイアモンズ(Mighty Diamonds)は1970年代から80年代にかけてボーカル・ハーモニー主体のレゲエを引率していた。ドナルド'タビー'ショー(Donald 'Tabby' Shaw)がグループに驚くほど甘くあたたかなリード・ボーカルをもたらし、ハーモニーを(しばしリード・ボーカルも)ロイド'ジャッジ'ファーガソン(Lloyd 'Judge' Ferguson)とフィッツロイ'バニー'ショー(Fitzroy 'Bunny' Shaw)によって支えられた。
ストレンジャー・コール(Stranger Cole)もとで'Oh Know Baby'、ルーピー・エドワーズ(Rupie Edwards)の'Girl You Are Too Young'、リー・ペリー(Lee Perry)による'Talk About It'といった楽曲を制作後、彼らはリー・ペリーがプロデュースしヒット・チャート入りを果たしたスーザン・カドガン(Susan Cadogan)の'Hurt So Good'のハーモニーを提供。そして彼らは1975年、マックスフィールド・アヴェニューのレコーディング・スタジオ、チャンネル・ワン(Channel One)のフー・キム兄弟(Joseph Hookim)と繋がりを持つようになり躍進を始めた。
ジャマイカでマイティ・ダイアモンズにとって初ヒットとなったのがスタイリスティックス(Stylistics)による'Country Living'のカバーで、チ・ライツ(Chi-Lites)による'Stoned Out Of My Mind'のカバーがこの作品に続いた。しかしマイティ・ダイアモンズは厳しい社会的なラスタのメッセージを届けるという彼ら自身の能力によってグループに特別な次元をもたらすことを可能にした。'Right Time'や'Have Mercy'、さらに'Back Weh'といった楽曲はすべてジャマイカのヒット・チャート入りを果たし、イギリスのレコード会社ヴァージン(Virgin)からの注目を集めた。アルバム"Right Time"が見開きのデラックス仕様で発売されると異例の売上げをイギリスで記録。このクロスオーバーでの成功を機にヴァージンは彼らを、ニュー・オーリンズを拠点に多くのR&B楽曲を輩出していたプロデューサー、アレン・トゥーサン(Allen Toussaint)に引き合わせた。(彼のプロデュースしたErnie K-Doe、Irma Thomas、Aaron Nevilleらの作品はジャマイカでもヒットしていた)しかし不運にもこのアルバムは新しいファンを獲得することができなかったと同時に多くのファンを失うこととなった。
ヴァージンとの関わりがなくなり、新プロデューサーのガッシー・クラーク(Augustus Gussie Clarke)がマイティ・ダイアモンズを再びスポットライトへと押し上げた。チャンネル・ワンでの成功に続き、グループはスタジオ・ワン(Studio One)のソウル・ブラザーズ(Soul Brothers)によって演奏された'Full Up'リズムのアップデート・ヴァージョンを使い楽曲'Pass the Kouchie'を制作。アメリカでは10インチ盤、ジャマイカではシングル盤、イギリスではアイランド(Island)から12インチ・ディスコ盤でリリースされ、決定的なハーブ・スモーカーたちの傑作となった(Kouchieはガンジャを吸うためのパイプを意味する)。当時、この楽曲がジャマイカの青少年に与える影響を懸念したジャマイカ政府ことから、マイディ・ダイアモンズは新しいバージョン'Pass The Knowledge!'を録音せざるをえなかったという。アルバム"Right Time"と同じくガッシーのミュージック・ワークス(Music Works)から質の高いアルバム"Changes"が発表され、クロスオーバーでの売上げを記録。この作品に収録された'Party Time'や'Hurting Inside'も上々の売上げを見せ、サウンドシステムで大きな人気を集めた。彼らの'Pass the Kouchie'も10代から構成されたイギリスのレゲエ・グループ、ミュージカル・ユース(Musical Youths)によって'Pass the Dutchie'と別名で再び制作されイギリス、アメリカでヒット・チャート入りを果たした。
マイティ・ダイアモンズはドノヴァン・ジャーメイン(Donovan Germain)と"Heads of Government"やタッパ・ズッキー(Tappa Zukie)と"Leaders of Black Country"などのアルバムを録音、彼らは当時活躍した多くのアーティストとは違って常にそのキャリアを保ち続けた。1980年代中期以後もグループは質の高いアルバム、シングルを彼らのファン向けにリリースし続け、彼らは楽々とレゲエ界きってのトップ・ボーカル・グループの座についた。タビーのリード・メロディーが美しく響く一流のパフォーマンスが届けられる彼らのライブを見ることができるとすれば幸運だといえるだろう。磨き上げられた音楽とライブ・パフォーマンスを何十年にわたって届けてきたプロのグループだが、全盛期に大活躍した多くのグループと同様にレゲエの伝説として語られることはなかった。2007年にフランスを拠点にするマカサウンド(Makasound)のレーベル、イナ・デ・ヤード(Inna De Yard)でアンプラグド・スタイルで自身の傑作を再演、年を重ねたマイティ・ダイアモンズの美しく甘いヴォーカルは今こそ成熟を見せる。
2018/10/03 掲載