Daseca(ダセカ)Text by Dub Store Sound Inc.
ダンスホール・シーンを席巻する新世代の旗手。作り込まれたハードなリズムと美しい上音を武器とし、怒涛の勢いでヒットを連発するトレンド・セッター。
Daseca
設立 |
2001年 |
設立地 |
ジャマイカ |
主要スタジオ |
Daseca Studio |
設立者 |
Craig Andrew Harrisingh Craig Serani Marsh David Anthony Harrisingh |
プロデューサー |
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関連アーティスト |
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現在のダンスホール・シーンを文字通り牽引するトレンド・セッター、ダセカ(Daseca)クルー。デヴィッド・アンソニー・ハリソン(David Anthony Harrisingh)、クレイグ・アンドリュー・ハリソン(Craig Andrew Harrisingh)の兄弟と、小、中学が同じで幼馴染であったクレイグ・セラーニ・マーシュ(Craig Serani Marsh)、3人のミュージック・クリエイターからなる新進気鋭のプロダクションである。ダセカ(Daseca)は3人の頭文字が由来となって付けられ、洗練されたハードなリズムとセンチメンタルな上音の組み合わせ、オート・チューンや最先端のコンピュータ・サウンドを武器に怒涛の勢いでヒットを連発している。
2001年から本格的にダセカ(Daseca)としての活動を開始した彼等であるが、それ以前にもシーンの流行に大きく携わって来た。こちらもジャマイカを代表するヒット・メーカーであるドン・コーレオン(Don Corleon)の存在を世に知らしめた'Mad Ants'や'Mad Guitar'、ルネッサンス(Renaissance)レーベルの'Stepz'、'Ice Breaker'といったリズム、更にはファイヤー・リンクス(Fire Links)の'Chaka Chaka'や2007年の話題を一気にさらったデンジャー・ゾーン(Danger Zone)の'Wipe Out'等、彼等の活動はまさにシーンを牽引して来た。
ダセカ(Daseca)レーベルとしての最初の大きな成功は2005年に発表された'Anger Management'リズムによってもたらされた。中でも当初はバウンティー・キラー(Bounty Killer)のBサイドとしてリリースされたマヴァド(Mavado)の'Real Mckoy'はアメリカのヒップ・ホップ・シーンをも巻き込んだヒットとなり、アメリカのラジオ局でも頻繁にオン・エアされる程であった。当のマヴァド(Mavado)もこのヒットを皮切りにシーンを一気に駆け上がり、バッドマン・チューンに対する盛り上がりも急速に加速していったのである。更にシズラ(Sizzla)、エレファント・マン(Elephant Man)といったビッグ・ヒットも生み、翌年リリースされた後発ではマヴァド(Mavado)がビジー・シグナル(Busy Signal)とのコンビネーションを披露している。続いて発表された'Dreaming'リズムもマヴァド(Mavado)のタイトル・チューンを筆頭に順調なセールスを記録、彼等の名前は瞬く間に広がっていった。
2007年も作り込まれたワン・ショットのリリースを中心に次々にヒットをチャートに送り込んでいった。2007年ナンバー・ワン・シングルとの呼び声高い、マヴァド(Mavado)、セラーニ(Serani)のコンビネーションによるバッドマン・チューン、'Dying'やビジー・シグナル(Busy Signal)、マヴァド(Mavado)の'Bad Man Place'、ビューグル(Bugle)の'Journey'、'What We Gonna Do'、ビューグル(Bugle)、セラーニ(Serani)の'Doh'とそのどれもがその年を代表するヒットとなった。2008年も単発のリリースを中心にマヴァド(Mavado)、セラーニ(Serani)、ビューグル(Bugle)といったレーベルの顔役のヒットは続き今や流行の中心には必ず彼等の存在があるといっても決して大袈裟ではないだろう。
2008/09/18 掲載 (2009/02/04 更新)